東京地方裁判所 昭和42年(借チ)1057号 決定
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔決定理由〕一、本件申立の要旨は、「申立人は相手方から別紙(一)記載の土地を賃借し、右地上に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建の映画館を所有している。この映画館には十分な暖房設備がなく、ガスストーブやオイルヒーターの使用を余儀なくされており、かくては安全かつ衛生的な娯楽設備を提供すべき映画館経営者としての責務を果せず、現にガスストーブのため館内に小火災の起つたこともある。そこで申立人は別紙(二)のとおりのボイラー置場を築造しようと計画中であるが、本件契約に増改築制限の約定があり、相手方はこれを承諾しない。よつて承諾に代わる許可を求める。」というのである。
二、これに対する相手方の主張の要旨は、「相手方が申立人に対し本件土地を賃貸したことは認めるが、右賃貸借は昭和四一年二月七日をもつて期間が満了した。そこで相手方は更新を拒絶するとともに昭和四二年中申立人に対し建物収去土地明渡の訴訟を提記した。更新拒絶の理由は次のとおりであり、借地法にいわゆる正当事由にあたるというべきである。
すなわち、本件土地を含む一帯の地域は国電恵比寿駅に近く、戦災を受けた土地であるが、本件土地は申立人の希望により映画館経営のため賃貸したものである。申立人は右地上に簡単な木造建物を建築し本庄映画劇場の名称で映画館を経営して来た。しかるに、近時テレビジョンの普及などの事情もあつて、現在では恵比寿地区における映画館の経営状態は極めて低調であり、殊に申立人方のそれは設備も劣り、現状のままでは営業成績の向上する見込はないといつてよい。かような状態で申立人の賃料の支払も遅れ勝ちであり、周囲には高層建築が続々建築されているのに、本件建物のみ旧来のままで近隣の発展に取り残されている。
ところで相手方は近接地に高層アパートを建築所有する伊藤商事株式会社を経営している。また相手方は恵比寿駅北口にある恵比寿ビルの敷地の所有者であるが、右ビルは相手方が借地人と協力して日本住宅公団の出資で建築したもので、地上七階地下一階の規模を有し一部は店舗、大部分は公団アパートとして使用されている。相手方は、かように商店街の整備、住宅事情の緩和に貢献しているが、本件土地を含む土地についても、付近の地主山口新三郎と共同で右と同様の高層ビルの建築を計画し、申立人らと立退についての交渉を始め、建築予定の建物内に営業もしくは居住に必要な部屋を提供する旨を申出たが、申立人は非常識な条件を持出し話合はつかない。<中略>
かような点を考えると、相手方の更新拒絶は正当の事由があり、本件賃貸借は前記期間の満了によつて消滅したものというべく、本件申立は却下を免れない。
仮にそうでないとしても、現在は申立人主張のような暖房の必要な時期でもなく、土地の明渡を求められてからかような設備を作ろうとするのは不当であり、本件申立は認容すべきでない。」というのである。
三、よつて検討するに本件の資料によれば、申立人と相手方の間には昭和二一年八月成立の期間を二〇年とする賃貸借契約が存したものと認められる。
そこで右賃貸借の消滅に関する相手方の主張について検討する。この点既に訴訟も提起されているのであるから、この関係についての終局的な判断は右の訴訟に委ねられるべきものではあるが、相手方の主張及び本件に顕われた限りの資料に基づけば、当裁判所はいまだ更新拒絶の正当事由は肯認し難いと判断する。相手方の述べる計画は、市街地の合理的な利用から考えその実現が希ましいものではあるが、これをもつて更新拒絶の正当事由があるとし、借地権の消滅を認めるのは妥当でないと考えられるのである。それ故本件においては申立人の借地権は更新によりなお存続するものとして判断を進める。<中略>
五、なお、本件においては、借地権の消滅を理由とする土地明渡の訴訟が提起されていることが問題となろう。しかし、本件資料によると申立人が借地上に所有する映画館の暖房設備は極めて不備であり、観客の衛生の面からも、防火上の見地からも改善を要すると考えられ、甲第一号証の三によると、その使用中のガス暖房器具が防火上危険であることを所轄消防署から指摘されたこともあるような状態であることが認められ、訴訟終了まで現状の儘とすることは相当でないと考えられる。また申立人は、訴訟中であることを酌んで申立当初の計画(セメントブロック壁コンクリート屋根の構造で燃却炉などをも含む二七平方米余のもの)を縮小し、現在の計画は別紙(二)のとおり六平方余に過ぎない木造の暖房用ボイラー置場のみという極めて小規模のものとしたものであり、その設置によつて相手方の訴訟遂行に格別の影響を与えるものとは考えられない。そこで、当裁判所は、前述の借地権の存否に関する判断に上記の点を合わせて考えた上訴訟中であるに拘らず、手続を中止せず申立認容の裁判をすべきものと認める。
六、次に申立認容に伴う付随の処分であるが、本件の増築は極めて小規模で、その収去も容易なものであり、これによつて相手方に特段の不利益を与えるものでないと考えるから財産上の給付その他の処分は必要ないものと認める。(安岡満彦)